多額の債務を負った経営者が別法人を設立し、事業を譲渡することで、借金の支払いを免れようとすることがあります。このようなやり方で本当に借金から逃れることができるのでしょうか。
法律雑誌「ジュリスト」の2017年1月号(1501号)に関連する判例(東京地裁平成27年10月2日判決)が紹介されていました(本雑誌112頁以下)。多額の債務を負った甲社が、別法人Y社に事業の大半を譲渡し、さらにブランド力を保持するために甲社の略称と商標もY社が引き続き使用していたという事案です。
会社法22条1項には次のように規定されています。
「事業を譲り受けた会社が、譲渡会社の商号を引き続き使用する場合には、その譲受会社も譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負う。」
譲渡会社と譲受会社が同じ商号を使うと、譲渡会社の債権者は営業主体の交替を認識することが難しくなります。同じ営業主体が事業をしていると債権者に勘違いさせた譲受会社は、譲渡会社の借金についてもきちんと返済しなさいと法律は定めているわけです。
ただ、今回の事案では「商号」ではなく、会社名の「略称」を引き続き使用しています。法律ではあくまでも「商号」と書かれているので、本件には適用できないようにも思われます。
しかし、裁判所は、甲社の略称は「甲という営業主体を表すものとして業界で浸透し、ブランド力を有するに至って」いるなどとして、本件にも会社法22条1項を類推適用できると判断しました。結局、甲社による事業譲渡では、借金から逃れることにはならなかったのです。
これには例外があり、「過大な債務を抱えた状態での事業譲渡であっても、事業譲渡につき相当な対価が支払われ、それをもって実際に債権の弁済に充てられる場合」(本雑誌115頁)であれば、譲受会社が譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する必要はありません。
多額の債務をかかえた会社が再建するためには、経営者が金融機関との協議に誠意ある態度でのぞむのが王道です。同時に、収益向上のために事業の選択と集中が必要になるのが一般的でしょう。
人を欺くような手法で会社の再建を図るのだけはやめてください。信頼を失った者に未来はありません。裁判所もこのような詐欺的手法は容認しないのです。
(丹波市 弁護士 馬場民生)