三連休ですね。私は例によって溜まった仕事に追われていました。もっとも、普段の土日よりは心にゆとりがあるので、前から気になっていた判例にも目を通しました。今年3月30日に京都地方裁判所が判決したデイサービスA社事件です(掲載紙は労働判例ジャーナル64号2頁。中途採用者の試用期間中の解雇について空調服事件の最高裁決定が出ていることも労働判例1160号で知りましたが、またの機会とします。)。
この事件では、求人票には①労働契約の期間の定めなし(いわゆる正社員)②定年なしと記載されていたにもかかわらず、就労開始後に提示された労働条件通知書(労働者の原告が署名押印)では①契約期間1年②65歳の定年制に変わっていました。原告の労働契約の内容は、求人票と労働条件通知書のいずれの内容となるのかが争点となりました。
原告本人が署名押印している以上、労働条件通知書の記載内容が労働契約の内容となるようにも思われます。しかし、裁判所は署名押印の有無のみで判断しませんでした。裁判所は、労働条件の変更による労働者の不利益の内容や程度、署名押印に至った経緯、労働者への説明内容等に照らして、労働条件の変更が「労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点」から判断すべきとしたのです。
この事件では、原告の労働者は、前の仕事を辞めてしまっており、求人票と異なる労働条件を示されたとしてもこれを拒否することは困難でした。また、労働契約の期間や定年の有無は、労働者の人生を大きく左右する重要な労働条件です。以上のような事情を考慮して、裁判所は求人票記載の労働条件が労働契約の内容となっていると判断しました。
弁護士も含めて法律の実務家は署名押印の有無という形式にこだわりがちです。しかし、この事件に限らず、裁判所は(署名押印を軽視はしないものの)「労働者の自由な意思」の有無を実質的に検討する傾向にあります。「労働者の自由な意思」に言及した判例は以前からあるものの、自由な意思の有無についての判断が最近の裁判所は慎重になっているのです。
(丹波市 弁護士 馬場民生)