平成28年3月1日、最高裁の判決(平成26年(受)第1434号、第1435号)に注目が集まりました。事件の概要は次のとおりです。

・認知症の91歳男性が家を抜け出し、駅構内の線路に立ち入って列車に衝突し死亡

・衝突事故によって列車の遅れなどの損害がJR東海に発生

・JR東海が遺族に損害賠償の支払を求めて裁判所に訴えを提起

最高裁は遺族に監督義務はなかったとして、JR東海の請求を認めませんでした。この結論自体には多くの方々が賛同されているようです。

ただ、最高裁は自宅で認知症の方を介護している方々の責任を全否定しませんでした。「特段の事情」があれば今回のようなケースでも介護者の責任を認める可能性があると最高裁が判断しているのです。

「特段の事情」を巡って最高裁の考え方を厳しく批判する意見もあります。しかし、様々なケースが考えられる以上、「特段の事情」を考慮しないとすれば、社会通念に照らして不合理な結論になる可能性も否定できません。人知に限界がある以上、最高裁といえども判断に曖昧さが残るのはやむを得ないと私は考えます。

私は別の観点から裁判所の判断を心配しています。原審のあまりに非常識な判決(遺族の責任を認めた)からもわかるように、認知症の問題に対する裁判官の感受性が鈍いようにみえるのです。この判決で示された考え方が今後の事件においてどのように適用されていくのか、私達は注視しなければなりません。

今回の判決では、成年後見人の責任の範囲についても重要な意義のある判断をしています。最高裁は次のように述べました。

「身上配慮義務は、成年後見人の権限等に照らすと、成年後見人が契約等の法律行為を行う際に成年被後見人の身上について配慮すべきことを求めるものであって、成年後見人に対し事実行為として成年被後見人の現実の介護を行うことや成年被後見人の行動を監督することを求めるものと解することはできない。」

最高裁の述べていることは当然のことです。当然のことですが、最高裁が明快に判断されたお陰で、今後の成年後見人は不安要素が1つ取り払われたことになります。

(丹波市 弁護士 馬場民生)